あっけらかんとした軽い雰囲気でイザベラは部屋に入って来ると、椅子を二つ引き寄せると先ずハイジラを座らせ、自分は逆向けに椅子に座ってその背もたれに手を乗せた。
「ちょっと、思いがけない出来事が起こったので相談したいとお呼びしました。」
とエレナは使者から受け取った報告書をイザベラに手渡した。
はて? という顔でイザベラは書面に目を通したが、やがてクスクスと笑い出した。
「笑うような事なのですか?」
イザベラの反応にエレナは少し変な顔になった。
「済まないねえ。しかし、可笑しな二人だとは思わないかえ。」
イザベラは笑い顔のままエレナの顔色を覗き込むように言い返した。
「笑い事ではありませんよ。特にモルフィネスさんは本当にこの期に至って何を考えているのか。ハンベエさんが死にでもしていたら、私はモルフィネスさんをただでは置けませんでしたし、逆にハンベエさんが怒ってモルフィネスさんを斬り捨てて終っていたらそれはそれでハンベエさんをどうすれば良いのか頭が痛くなるところでした。」
エレナはそう苦い表情で言ったが、最後の方は少し笑いが混じってしまっていた。
「ハンベエが条件反射で怒りに任せてモルフィネスを斬らなかったのは意外と言えば意外な気もしないでも無いけど、あの男が予想の斜め上の行動を取るのも今更珍しい事でも無い。まっ、結果的に最悪の事態は避けられたんだから今回は良しとしようやね。あのハンベエに関わる事で先行きを案じてたら切りが無いよ。それより、ハンベエの今後についてはお願いと言うか、アタシに希望が有るんだけどね。」
「イザベラさんの希望?」
エレナは思わせ振りなイザベラの言葉に何故か少し不安そうな翳りを見せた。「実はねアタシはトントシランと言う国の王女なんだよ。」
ロキにだけ明かしていた我が身の秘密をイザベラはエレナに突然打ち明けた。
「そうでしたか。ひょっとしたらそう言う身分なのではないかと感じる事も有ったのですよ。勿論何の根拠も有りませんけど。」
同じ王女と分かった為か、エレナは少し嬉しそうに言った。
「ゴロデリア王国のような大国とは違い、兵士千人ちょっとのちっぽけな国だけどね。ところがね、アタシは十歳の時に叔父に両親を殺され、国は簒奪され、我が身は懸賞金を掛けられて命からがら国を逃げ出す嵌めになったんだ。」
「それは・・・・・・良く御無事で。」
「頼りになる護衛が居てくれた御陰でね。その人はアタシを敵から逃がし匿って育ててくれた。今アタシが身に付けている力も全てその人が授けてくれたものさ。」
「強い味方がおいでて良かったですわ。その方は?」
「アタシが十八の時、一波乱あって命を落としちまった。」
「お気の毒に、余計な詮索を御免なさい。」
エレナは済まなそうな顔になる。
「別に構わないさ。どんな形でも人はいずれ死ぬからね。」
「・・・・・・もしかして、イザベラさんがこんなにも私に親身になってくれるのはその生い立ちも関係しているのですか?」
「ああ、それは有るだろうね。エレナの境遇に身につまされるものは有ったさ。ま、それは良い。今はそれは良い。」
「イザベラさん。」
突如エレナはイザベラの瞳に強い眼差しを重ねた。イザベラは不意に向けられたエレナの真剣な顔にドキリと息を止めた。
「ずっと前から感じていたのですが、私にはイザベラさんが赤の他人には思えません。本当の姉のように思えます。ですからあの・・・・・・良く男の人が義兄弟の契りを結ぶと申すでしょう。私とそれを結んでくれませんか。」
「え?」
「結びましょうよ。」
エレナは立ち上がってイザベラに手を差し出した。普段のエレナには似ぬ破天荒な積極さだ。
「良いけどさ。」
イザベラは想定外の展開に困惑気味の苦笑いを浮かべて、その手を取った。
此処で更に意外の事が起こった。
何と側に座っていたハイジラが何を思ったのか立ち上がって、二人の手の上に自分の手を重ねたのだ。
エレナとイザベラは驚いてハイジラの顔に目を遣った。二人の会話をとても理解しているとは言い難いボーッとした、悪く言えば痴呆のような表情をしているだけである。今までほとんど何の反応も示さなかったハイジラの行動を後の二人はどう解釈して良いのか又々困惑してちょっとの間沈黙となった。