戦いの喧騒とは別

2022031414:54

戦いの喧騒とは別、何か悲鳴のような声が混じっているのが聞こえた。側近に調べさせる、走って見に行かせたうちの一人が息を切らせて戻って来た。

 

「河が増水して、魏兵が流されています!」

 

 せき止めた場所が崩れた?international school hong kong island 勝手にそうなるようなことはない、誰かが堰を切ったんだ。溺れ死んだやつ、数千人にはなるだろう、人は自然に逆らえん。悲鳴の正体が判明すると侵入していた魏兵を追い落とす。大まかな目星がついたところで陸司馬から、本部に戻らずにそのまま東に増援に出る、そう報告だけが届けられた。

 

 何とか本部は交戦せずにすんだが、今度は北側が火矢で明るくなる。同時に攻めてこなかったのはなんでだろうな、例によって功績をあげるあげないで派閥の何かだろうか。どうでもいいが助かった、同時ならかなり危なかったぞ。

 

「申し上げます、陸将軍よりの言伝です。暫く現地で指揮を執るので戻るのが遅くなるとのこと」

 

「そうか」 大分まずい状況のようだな、これ以上は持たんぞこれは。だからと防衛線を狭くすると、火計で全滅が早まるだけだ。辛くても苦しくてもじっと待つしかない。

 

「本部の参軍ら以外の兵は防衛に参加させろ」

 

 ここで本部護衛も何もない、陣を防衛するのが最優先だと命令する。

 

「島大将軍、本営には威厳や体裁というものが御座います。危急に在ろうともその――」

 

「面子など黄河に流してしまえ! 前線の兵が一番欲しがっているのは隣を占める仲間だ!」

 

 馬謖が全てを言い切る前に被せ気味に一喝する。恥をかかされたせいで顔が赤くなり視線が泳いだ。こうも面と向かって否定されたことがないのだろうことが伺える。

 

「将軍、お気持ちを落ち着かせて下さいますよう。馬軍師も将軍を想っての言で御座いましょう、ここは一つ穏便に」

 

「……董軍師。そうだな、馬謖の言うことにも理はある。武兵を二人門衛に残し、他を派遣だ」

 

「御意に。馬軍師もよろしいですかな」

 

 年の功を発揮して調整役を買って出た董軍師に感謝だ。確かに言い方はあったな、俺も焦っているんだろう。

 

「某も現場をこの目で確かめもせずに発言を致しました。以後は慎みます」

 

 肩をすぼませて小さく礼をする。こいつは有能だ、指示を軽く見るところはあるが、文官としての能力は極めて高い、ここで距離を置いてしまうのは今後良いとは言えん。「馬軍師、本来ならばお前は壮大な軍略の助言を得意とするはずだ。このような不甲斐ない戦況にしてしまった俺にも非がある、短慮を許して貰えるだろうか」

 

 目を閉じて小さく息を吐いて己の不明を詫びた。立場が上の者がそのように謝罪をすることなど極めて珍しい文化だ、参謀らが少しばかり驚いている。

 

「国家の大黒柱足る島大将軍が軽々しくそのようなことを申されなきよう。この馬幼常、わっぱでは御座いませぬ。言葉にせずともわだかまりなどなく」

 

 顔色が戻り自尊心が満たされたのが解る。どうやら不満を少しは解消できたようだ、兵力不足にさせたのは紛れも無い、俺だからな。

 

 ギリギリの防戦を数時間続ける、昼飯の時間も少ししか割けずに命を削る。最終防衛線と定めていた場所が徐々に競合地域になり、ついには魏の占拠するところとなってきた。引っ切り無しに各所から増援を求める伝令が来るが、どこにも兵は無い。

 

 強い風が吹いた、『帥』旗がギシギシと揺れる。

 

「北地区の部隊を後退させよ、東との連携を怠るな!」

 

 下がっては抗戦し、また下がる。防衛の永続性を諦めての撤退戦を繰り広げる、陥落は時間の問題になってしまった。だからと生きるのを諦めることは無い、無心で敵と戦うのみ。